対角化
共役と内積
この章では対角化の十分条件などを与えるために線形空間に内積の構造を(入れられる場合に)入れる。 また、複素数体上の線形空間に内積を入れるために共役の概念も合わせて導入する。
定義 1 (共役と内積)
を上の線形空間とする。 次を満たす対応とをそれぞれ上の共役と上の内積といい、を内積空間という。
- (第二変数に関する線形性)任意のとに対して、が成り立つ。
- (非退化性)がを満たすならばである。
- (共役対称性)任意のに対して、が成り立つ。
- (加法の共役)任意のに対して、が成り立つ。
- (乗法の共役)任意のに対して、が成り立つ。
本テキストでは執筆上の都合で内積のみブラケット記法を用いる。
注意 2
内積の第一変数に関する線形性について
が成り立ち、共役線形性などと呼ばれる。
注意 3
共役について、とがわかる。 だとすると、任意のに対してで、 共役対称性からで非退化性から以外あり得ない。 なのでが自明な線形空間でない時はである。 また、共役対称性より二回共役を取るとが成り立ち、内積は全射になるので、任意のに対して
が成り立つ。
スカラーに共役の構造が入ったら、数ベクトルと行列に対する共役を成分ごとに共役をとったもの
として定められる。
数ベクトル空間上の内積をスカラー積を使って
として定めたものをの標準内積という。 ただし、標準内積がちゃんと内積になっているかは非退化性の条件が成り立っているかどうか確認する必要がある。
定義 4 (非退化な体)
共役が定義される体が非退化であるとは、任意のと任意の個のスカラーについて
ならば、が成り立つことをいう。
非退化な体上では任意のに対して数ベクトル空間は標準内積について内積空間になる。
例 5
実数体上の共役をで定めるとこれは非退化である。例 6
複素数体上の共役を複素共役で定めるとこれは非退化である。例 7
一般の非退化とは限らない体上の共役をで定め、を上の線形空間として見た時内積を単なる積で定めるとは内積空間になる。 つまり、の時には二通りの内積の入れ方があることになる。シュミットの直交化
内積空間上の二つのベクトルとが直交するとは
が成り立つことをいう。 定義上はまたはが成り立っていたらとは必ず直交している。 また、ベクトルが単位ベクトルとは
が成り立つことをいう。
の基底が各, に対してとが直交することを満たす時、直交基底であるという。 直交基底がさらに各に対してが単位ベクトルである時、正規直交基底であるという。
本節の目標はの基底が与えられた時に直交基底あるいは正規直交基底に取り替えることである。 そのことを表現するためにの個の零ベクトルでないベクトルが各, に対してとが直交することを満たす時、の直交系であるということにする。 また、各が単位ベクトルである時、の正規直交系であるという。
命題 1 (直交系と線形独立)
を上の内積空間の直交系とする時、それらは線形独立である。証明
スカラーに対して
が成り立ったとする時、各に対してとの内積を取って
よってなので、は線形独立である。
この命題とその証明から内積空間の直交系が与えられるとそれは線形独立での線形部分空間が得られる。 そのベクトルとに対して、との内積を取るとでありこのスカラー値のことをの成分と呼ぶ。
逆に線形独立なベクトルが与えられたときに成分を引くことで直交系を構成するというのがシュミットの直交化である。
定理 2 (シュミットの直交化)
を内積空間としてを線形独立なベクトルとして、次の方法によっての新しいベクトルを構成する。
このときはの直交系であり、が成り立つ。
証明
についての数学的帰納法による。 の時、より成立する。 個で成立した時、個目のベクトルを
で定めると、数学的帰納法の仮定からはの直交系より、各に対してとの内積を取って、
また、とすると
となるが、これはが線形独立であるという仮定に反する。 よって、はの直交系である。 他の部分の証明も容易であり、定理の主張を得る。
注意 3
の構成方法から
と表示できる。
系 3.1
任意の有限次元内積空間には直交基底が存在する。正規化のためには平方根を導入する必要がある。
定義 4 (正規化可能)
を非退化な体として、その正値の部分を
とする。 ここで正値に対して、
を満たす正値が一意に存在する時、をの正の平方根といいと表す。 さらに任意のに対して正の平方根が存在する時、は正規化可能と呼ぶ。
注意 5
はの正の平方根であり、はの正の平方根である。 と書いたが、正値の共役は
なので、通常の意味での平方根と認識したのでよい。
例 6
実数体の正値の部分は非負の実数全体である。 非負の実数には正の平方根が存在するので、は正規化可能な体である。 同様にして、複素共役の入った複素数体の正値の部分は非負の実数全体なので、は正規化可能な体である。 しかしながら、非負の有理数に対して、は無理数なので、は正規化可能でない。例 7
複素共役の入った代数的数の体の正値の部分は非負の代数的数であり、非負の代数的数を多項式の零点とすると多項式の零点を考えることで、は正規化可能な体であることが結論づけられる。命題 8 (正規化)
正規化可能な体K上の数ベクトルに対して、はの元である。 さらにその正の平方根をとおく。 ここで、に対して
とおくとこれは単位ベクトルになっている。
このときのをベクトルのノルムまたは大きさあるいは長さという。
正規化を各ベクトルに実施することにより直交基底から正規直交基底を作ることができる。
随伴行列
標準内積の入った数ベクトル空間を考える。 次正方行列に対して、
が任意のに対して成り立つような次正方行列のことをの随伴行列という。 すぐ後でわかる通り随伴行列はの共役転置行列で実現される。 型の行列の共役転置行列は
として定義される。
命題 1 (随伴行列)
次正方行列の随伴行列はで与えられる。証明
標準内積を行列の積で書くことにより、
よって、である。
ここからいくつかの行列の種類を導入する。
定義 2 (エルミート行列)
次正方行列が
を満たす時、はエルミート行列という。
定義 3 (ユニタリ行列)
次正方行列が
であってそれらが正則な対角行列である時、は直交行列という。 さらに
を満たす時、は正規直交行列またはユニタリ行列という。
注意 4
と区分けすると、 が直交行列であることとが直交基底であることは同値であり、 が正規直交行列であることとが正規直交基底であることは同値である。一般的な用語としては直交行列は実数上のユニタリ行列のことを指すが、本テキストでは直交基底という用語との兼ね合いでこのように定義する。
直交行列と正規直交行列の違いは正規化されているかどうかだが、 正規直交行列の逆行列は直ちに随伴であることがわかる。
定義 5 (正規行列)
次正方行列が
を満たす時、は正規行列という。
注意 6
エルミート行列やユニタリ行列は正規行列であり、正規行列は非常に広い行列の種類である。正規行列の対角化
対角化の結果に行く前に内積空間において三角化の結果を精密化する。
補題 1 (直交行列での三角化)
数ベクトル空間が内積空間になっているとする。 次正方行列に対して、固有多項式が<e_eigenfactor> と因数分解されたとすると、は直交行列を使って<e_tri> と三角化される。 さらにが正規化可能な場合はは正規直交行列として取れる。証明
<t_tri> より正則行列を使って<e_tri> と三角化される。 と区分けするとはの基底になっており、 この基底をシュミットの直交化して直交基底を得ると、 直交行列により、
となる。 よって、右上三角行列の積は右上三角行列であることに注意して、
とできる。 さらに正規化して正規直交行列
を定めると、
とできる。
定理 2 (正規行列の対角化)
体を非退化とする。 次正規行列に対して、固有多項式が<e_eigenfactor> と因数分解されたとすると、は直交行列を使って
と対角化される。 さらにが正規化可能な場合はは正規直交行列として取れ、
が成り立つ。
証明の流れは上の補題でを三角行列に三角化したとすると、 の正規性を継承しても正規になり、正規な三角行列は対角行列しかないことを示す。 が正規直交行列(ユニタリ行列)で三角化していたらこれでいいが、今回は少し違うので修正が必要である。
証明
は直交行列と三角行列を使ってと表されて、このときは対角行列であることを示す。 ここで、とでは正規なのでこの二つが等しいので、
ここで、は直交行列よりは対角行列
なので対角成分をとおくと、
である。 よって、から、各に対して
これを対角成分でが大きい方から考えると、は三角行列であることに注意しての時、
つまり
で、が非退化である条件が使える状況になっていて、がわかる。 これを繰り返していけばは対角行列にならざるを得ないことがわかり、定理の証明が完成する。
実対称行列の対角化
まず、エルミート行列の固有値について調べる。
定理 1 (エルミート行列の固有値)
エルミート行列の全ての固有値は
を満たす。
証明
固有ベクトルの一つをとおくとなので、 標準内積について
また、はエルミート行列より随伴行列は自身なので、
以上のこととよりである。
この定理で出てくるスカラーの範囲を考える。 非退化な体に対して
とおき、の実部と呼ぶ。 実部はの加法と乗法で閉じていて、のいわゆる部分体になっている。 また、実部に属するスカラーを実なスカラーと呼ぶ。 正値は常に実である。
すべての成分が実な行列を実行列といい、必要に応じて実対称行列や実直交行列なども定義する。 これまでの内容でわかることはエルミート行列は(固有多項式が因数分解されるなら)実対角行列に対角化されるということである。 ここでの主題は実エルミート行列は実直交行列を使って実対角行列に対角化されるということである。 なお、実エルミート行列は実対称行列に他ならないことに注意する。
定理 2 (実対称行列の対角化)
体を非退化とする。 次実対称行列に対して、固有多項式が<e_eigenfactor> と因数分解されたとすると、は実でありは実直交行列を使って式 (0.1) と対角化される。 さらにが正規化可能な場合はは実正規直交行列として取れ、式 (0.2) が成り立つ。証明
示すべきことはが実行列として取れることのみである。