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行列

体

行列を定義する前にその構成要素である体について触れる。 体とは集合に四則演算(加減乗除)の構造が入ったもののことで、つまり本テキストでは集合𝐾に以下を満たす加法+、乗法⋅が存在するものとして話を進める。

  1. (加法の結合法則)任意の𝑎,𝑏,𝑐∈𝐾に対して(𝑎+𝑏)+𝑐=𝑎+(𝑏+𝑐)が成り立つ。
  2. (加法の交換法則)任意の𝑎,𝑏∈𝐾に対して𝑎+𝑏=𝑏+𝑎が成り立つ。
  3. (乗法の結合法則)任意の𝑎,𝑏,𝑐∈𝐾に対して(𝑎⋅𝑏)⋅𝑐=𝑎⋅(𝑏⋅𝑐)が成り立つ。
  4. (乗法の交換法則)任意の𝑎,𝑏∈𝐾に対して𝑎⋅𝑏=𝑏⋅𝑎が成り立つ。
  5. (分配法則)任意の𝑎,𝑏,𝑐∈𝐾に対して𝑎⋅(𝑏+𝑐)=𝑎⋅𝑏+𝑎⋅𝑐と(𝑎+𝑏)⋅𝑐=𝑎⋅𝑐+𝑏⋅𝑐が成り立つ。
  6. (零元)0∈𝐾がただ一つ存在して、任意の𝑎∈𝐾に対して𝑎+0=0+𝑎=𝑎と𝑎⋅0=0⋅𝑎=0が成り立つ。
  7. (反数)任意の𝑎∈𝐾に対して𝑎+𝑥=𝑥+𝑎=0が成り立つような𝑥=−𝑎∈𝐾がただ一つ存在する。
  8. (単位元)1∈𝐾がただ一つ存在して、任意の𝑎∈𝐾に対して𝑎⋅1=1⋅𝑎=𝑎が成り立つ。
  9. (逆数)任意の𝑎∈𝐾に対して𝑎≠0ならば𝑎⋅𝑥=𝑥⋅𝑎=1が成り立つような𝑥=𝑎−1∈𝐾がただ一つ存在する。

ここで1=0の時は体の元はそれのみという場合になるが、 それではいくつかの議論で不具合があるので本テキストでは厳密には1≠0も仮定する。

行列や線形代数の理論を展開するうえではこのような体であれば類似のものがいくつもできる。 体の典型例としては有理数や実数、複素数の集合が挙げられ、それぞれ有理数体ℚ、実数体ℝ、複素数体ℂと呼ばれる。 有理数や実数、複素数の構成は<h_set> などを参照のこと。 なお、実数においては四則演算のほかに大小関係や極限操作の構造が入っているが、本テキストの範囲では四則演算のみを用いて展開できる理論のみ紹介する。 その他、体の例としては素数𝑝に対して整数を𝑝で割った余り0,…,𝑝−1に対して和や積を取るたびに𝑝で割った余りを取れば体ができる。 このように集合としての元の個数が有限個の体を有限体といい、重要な例である。 また、本テキストではいくつかの命題や定理において、割り算(逆数)は必要なく、成分は整数などでもよい。 しかしながら、抽象化や一般化してもきりがないので本テキストでは基本的に体𝐾上の行列や線形代数について議論する。

行列

𝑀=1,2,3,…, 𝑁=1,2,3,…として、𝑀×𝑁個の体𝐾の元

𝑎11,𝑎12,𝑎13,…,𝑎1𝑁,𝑎21,𝑎22,𝑎23,…,𝑎2𝑁,𝑎31,𝑎32,𝑎33,…,𝑎3𝑁,…,𝑎𝑀1,𝑎𝑀2,𝑎𝑀3,…,𝑎𝑀𝑁∈𝐾

を縦に𝑀個、横に𝑁個、長方形状にならべた

(𝑎11𝑎12𝑎13⋯𝑎1𝑁𝑎21𝑎22𝑎23⋯𝑎2𝑁𝑎31𝑎32𝑎33⋯𝑎3𝑁⋮⋮⋮⋱⋮𝑎𝑀1𝑎𝑀2𝑎𝑀3⋯𝑎𝑀𝑁)

を𝐾上の𝑀×𝑁型の行列という。 この行列は(𝑎𝑖𝑗)𝑗=1,…,𝑁𝑖=1,…,𝑀やいくつかの部分を省略して(𝑎𝑖𝑗)𝑗𝑖, (𝑎𝑖𝑗)のようにも記述したりする。 行列をなす各𝑎𝑖𝑗 (𝑖=1,…,𝑀, 𝑗=1,…,𝑁)は成分といい、上から𝑖行目左から𝑗行目の成分𝑎𝑖𝑗は第(𝑖,𝑗)成分と呼ばれる。

行列の例としては、

(123456789101112131415)

は実数上の3×5型の行列であり(整数上でもある)、 回転行列

(cos𝜃−sin𝜃sin𝜃cos𝜃)(𝜃∈ℝ)

は実数上の2×2型の行列である。

本テキストでは0である成分はしばしば省略され、値を記入したり文字を割り当てるほどではない成分に関しては∗で表したりする。 つまり、

(1000020000300004)=(1234),(120450019000010)=(1∗0∗∗1∗010)

などである。

二つの行列に対して、型が等しく対応する成分が全て等しい時、それらの行列は等しいという。 つまり、

(𝑎11⋯𝑎1𝑁⋮⋱⋮𝑎𝑀1⋯𝑎𝑀𝑁)=(𝑏11⋯𝑏1𝑁⋮⋱⋮𝑏𝑀1⋯𝑏𝑀𝑁)

とは各𝑖=1,…,𝑀, 𝑗=1,…,𝑁に対して

𝑎𝑖𝑗=𝑏𝑖𝑗

が成り立つことをいう。 また、全ての成分が0である行列は零行列と呼ばれる。 行列はしばしば大文字の文字が割り当てられるが、𝑀×𝑁型の零行列は𝑂𝑀×𝑁あるいは単に𝑂と表される。 つまり、

𝑂4×2=(00000000)

などである。

𝐾上の𝑀×𝑁型の行列全体をM𝑀×𝑁(𝐾)や𝐾𝑀×𝑁などと書く。

𝑀=𝑁のときの𝑀×𝑁型の行列を𝑁次正方行列という。

𝑁次正方行列の成分のうち、第(𝑖,𝑖)成分(𝑖=1,…,𝑁)であるものを対角成分といい、それ以外を非対角成分という。 非対角成分が全て0である正方行列

(∗⋱∗)

は対角行列と呼ばれ、応用上の扱いが便利である。 対角行列の中でも対角成分が全て1である正方行列

(1⋱1)

は単位行列と呼ばれ特別な扱いを受ける。 𝑁次の単位行列は𝐼𝑁あるいは𝐸𝑁または単に𝐼や𝐸と表される。 また、正方行列のうち対角成分より左下または右上の成分がすべて0である行列

(∗⋯∗⋱⋮∗),(∗⋮⋱∗⋯∗)

をまとめて三角行列という。 より詳しくは前者を右上三角行列、後者を左下三角行列という。 以上をまとめると正方行列の中に三角行列があり、さらにその中に対角行列があり、対角行列の特殊なものとして単位行列がある。

𝐾上の𝑁次正方行列全体をM𝑁(𝐾)と表す。 また、零行列𝑂𝑁×𝑁である𝑁次正方行列は𝑂𝑁とも書かれる。

𝑁=1の時の𝑀×1型の行列は𝑀次の縦ベクトルと呼ばれ、 𝑀=1の時の1×𝑁型の行列は𝑁次の横ベクトルと呼ばれる。 縦ベクトルと横ベクトルを総称してベクトルと言ったりする。

また、全ての成分が0であるベクトルは零ベクトルと呼ばれる。 ベクトルはしばしば太字の小文字(𝒂,𝒃,𝒙など)が割り当てられるが、𝑁次の零ベクトルは𝟎𝑁あるいは単に𝟎と表される。 つまり、

𝟎3=(000)

などである。

𝑁個の𝑁次のベクトル𝒆1,…,𝒆𝑁を𝑖=1,…,𝑁に対して第𝑖行が1でそれ以外の成分がすべて0であるものを𝒆𝑖となるように定義し、しばしば標準基底ベクトルと呼ばれる。 つまり縦ベクトルならば、

𝒆1=(10⋮0),…,𝒆𝑁=(0⋮01)

である。

𝑀=𝑁=1の時の1×1型の行列はただ一つの成分からなり、行列を(𝑎)とおくとこれを𝑎と同一視してしまう。 このような行列に対してその成分のことや1×1型の行列のことをスカラーと呼ぶ。 例えば本来ならば(行列の積を取った時などに)1×1型の行列になるべきだが𝐾の元として扱われることがあるので注意する。

行列の演算

これから行列の三つの演算、つまり和とスカラー倍と行列の積を導入する。

まず、行列の和は成分ごとの和として定義される。 ここで二つの行列の型は同じである必要がある。 つまり、𝐾上の𝑀×𝑁型の行列𝐴=(𝑎𝑖𝑗)と𝐵=(𝑏𝑖𝑗)に対して、

𝐴+𝐵=(𝑎11⋯𝑎1𝑁⋮⋱⋮𝑎𝑀1⋯𝑎𝑀𝑁)+(𝑏11⋯𝑏1𝑁⋮⋱⋮𝑏𝑀1⋯𝑏𝑀𝑁)=(𝑎11+𝑏11⋯𝑎1𝑁+𝑏1𝑁⋮⋱⋮𝑎𝑀1+𝑏𝑀1⋯𝑎𝑀𝑁+𝑏𝑀𝑁)

とする。

スカラー倍とは𝐾上の𝑀×𝑁型の行列𝐴=(𝑎𝑖𝑗)とスカラー𝑐∈𝐾に対して定まるもので、行列の各成分を𝑐倍する。 つまり、

𝑐𝐴=𝑐(𝑎11⋯𝑎1𝑁⋮⋱⋮𝑎𝑀1⋯𝑎𝑀𝑁)=(𝑐𝑎11⋯𝑐𝑎1𝑁⋮⋱⋮𝑐𝑎𝑀1⋯𝑐𝑎𝑀𝑁)

である。

この二つの演算で行列の集合M𝑀×𝑁(𝐾)は線形性と呼ばれる構造を持ち、以下の計算法則が成立する。

  1. (行列加法の結合法則)任意の𝐴,𝐵,𝐶∈M𝑀×𝑁(𝐾)に対して(𝐴+𝐵)+𝐶=𝐴+(𝐵+𝐶)が成り立つ。
  2. (行列加法の交換法則)任意の𝐴,𝐵∈M𝑀×𝑁(𝐾)に対して𝐴+𝐵=𝐵+𝐴が成り立つ。
  3. (行列スカラー乗法の結合法則)任意の𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)と𝑐,𝑑∈𝐾に対して𝑐(𝑑𝐴)=(𝑐𝑑)𝐴が成り立つ。
  4. (分配法則1)任意の𝐴,𝐵∈M𝑀×𝑁(𝐾)と𝑐∈𝐾に対して𝑐(𝐴+𝐵)=𝑐𝐴+𝑐𝐵が成り立つ。
  5. (分配法則2)任意の𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)と𝑐,𝑑∈𝐾に対して(𝑐+𝑑)𝐴=𝑐𝐴+𝑑𝐴が成り立つ。
  6. (零行列)𝑂=𝑂𝑀×𝑁は零元である。 つまり任意の𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)に対して𝐴+𝑂=𝑂+𝐴=𝐴と0𝐴=𝑂が成り立つ。
  7. (反行列)任意の𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)に対して𝐴+𝑋=𝑋+𝐴=𝑂が成り立つような𝑋=−𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)がただ一つ存在し、それは−𝐴=(−1)𝐴である。
  8. (単位数)1は単位数である。 つまり任意の𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)に対して1𝐴=𝐴が成り立つ。

行列の積は行列を行列たらしめる特徴的な演算である。 𝐿=1,2,3,…として、𝑀×𝐿型の行列𝐴=(𝑎𝑖𝑗)と𝐿×𝑁型の行列𝐵=(𝑏𝑖𝑗)に対して、

𝐴𝐵=(𝑎11⋯𝑎1𝐿⋮⋱⋮𝑎𝑀1⋯𝑎𝑀𝐿)(𝑏11⋯𝑏1𝑁⋮⋱⋮𝑏𝐿1⋯𝑏𝐿𝑁)=(𝑎11𝑏11+…+𝑎1𝐿𝑏𝐿1⋯𝑎11𝑏1𝑁+…+𝑎1𝐿𝑏𝐿𝑁⋮⋱⋮𝑎𝑀1𝑏11+…+𝑎𝑀𝐿𝑏𝐿1⋯𝑎𝑀1𝑏1𝑁+…+𝑎𝑀𝐿𝑏𝐿𝑁)

とする。 つまり、演算結果は𝑀×𝑁型の行列𝐶=𝐴𝐵=(𝑐𝑖𝑗)で

𝑐𝑖𝑗=𝑎𝑖1𝑏1𝑗+𝑎𝑖2𝑏2𝑗+𝑎𝑖3𝑏3𝑗+…+𝑎𝑖𝐿𝑏𝐿𝑗

となっている。

このように一つの成分を見てもたくさんのかけ算と足し算で成り立っており一見妥当性がわからないが、 実際にはさまざまな場面でこの行列の積が現れる(<h_twodim> 参照)。

  1. (行列積の結合法則)任意の𝐴∈M𝑀×𝐾(𝐾),𝐵∈M𝐾×𝐿(𝐾),𝐶∈M𝐿×𝑁(𝐾)に対して(𝐴𝐵)𝐶=𝐴(𝐵𝐶)が成り立つ。
  2. (分配法則1)任意の𝐴,𝐵∈M𝑀×𝐿(𝐾)と𝐵∈M𝐿×𝑁(𝐾)に対して(𝐴+𝐵)𝐶=𝐴𝐶+𝐵𝐶が成り立つ。
  3. (分配法則2)任意の𝐴∈M𝑀×𝐿(𝐾)と𝐵,𝐶∈M𝐿×𝑁(𝐾)に対して𝐴(𝐵+𝐶)=𝐴𝐵+𝐴𝐶が成り立つ。
  4. (零行列)任意の𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)に対して𝐴𝑂𝑁×𝐿=𝑂𝑀×𝐿と𝑂𝐿×𝑀𝐴=𝑂𝐿×𝑁が成り立つ。
  5. (単位行列)任意の𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)に対して𝐼𝑀𝐴=𝐴𝐼𝑁=𝐴が成り立つ。

ここで重要な注意として行列の積に対して交換法則はない。 つまり、𝐴𝐵=𝐵𝐴は一般には成り立たない。 ここで𝐴を𝑀×𝑁型で𝐵を𝐾×𝐿型とすると、積を定義して両辺の型を合わせるためには𝐾=𝐿=𝑀=𝑁とするしかないが、𝐴,𝐵∈M𝑁(𝐾)の場合でも𝐴𝐵=𝐵𝐴は一般には成り立たない。 実数でいうところの逆数に相当する逆行列は行列の理論の重要な論点であり次の節やその後の章で詳しく述べる。

行列𝐴と𝐵の積𝐴𝐵は、行列𝐵に行列𝐴を左からかけて得られる行列といい、同時に行列𝐴に行列𝐵を右からかけて得られる行列ともいう。

𝑁次正方行列𝐴に対しては自分自身との積𝐴𝐴が定義できこれも𝑁次正方行列なのでさらに𝐴をかけられる。 結合法則より左からかけても右からかけてもこの場合は同じ𝐴(𝐴𝐴)=(𝐴𝐴)𝐴=𝐴𝐴𝐴が得られることに注意する。 このようにして𝑁次正方行列𝐴の𝑛=0,1,2,3,…乗𝐴𝑛を単位行列𝐼𝑁に𝐴を𝑛回かけたものとして定義する。

例 1

対角行列

𝐴=(𝑎1⋱𝑎𝑁)

の𝑛乗は

𝐴𝑛=(𝑎1𝑛⋱𝑎𝑁𝑛)

である(省略されている部分は0であることに注意)。

やろうと思えば三角行列、特に後の章で出てくるジョルダン標準形と呼ばれる行列の𝑛乗も比較的簡単に計算できる。 一般の行列の𝑛乗を計算する時には手で計算するならば対角化または三角化して対角行列またはジョルダン標準形の𝑛乗に帰着させることになるが、 他にも次のようにして計算量を削減できることが知られている。 つまり、行列𝐴の2𝑘乗(𝑘=0,1,2,3,…)を

𝐴1=𝐴,𝐴2=𝐴1𝐴1,𝐴4=𝐴2𝐴2,𝐴8=𝐴4𝐴4,…

の要領であらかじめ計算して、𝑛を2進数表示することで𝐴の2𝑘乗をいくつかかけ合わせることで𝐴𝑛を得る。 例えば、

𝐴10=𝐴8𝐴2

といった具合である。 この方法を二進数法という。 これを使えば2log2𝑛回以内の行列の積で𝐴𝑛が計算できることになり、計算機での計算に広く使われている。

𝐾上の𝑛=0,1,2,3,…次の多項式とはスカラー𝑐0,𝑐1,𝑐2,𝑐3,…,𝑐𝑛∈𝐾 (𝑐𝑛≠0)を使って

𝑓(𝑥)=𝑐0+𝑐1𝑥+𝑐2𝑥2+𝑐3𝑥3+…+𝑐𝑛𝑥𝑛

と表される式のことであるが、 この多項式𝑓(𝑥)と𝐾上の𝑁次正方行列𝐴に対して多項式の変数𝑥に行列𝐴が代入できると拡大解釈して、𝑁次正方行列

𝑓(𝐴)=𝑐0𝐼𝑁+𝑐1𝐴+𝑐2𝐴2+𝑐3𝐴3+…+𝑐𝑛𝐴𝑛

を定める。 定数項𝑐0は単位行列の項𝑐0𝐼になることに注意する。

一般には行列の積は交換できないが、上記の多項式は行列が𝐴(と𝐼)しか登場しないので以下が成り立つ。

命題 2

多項式𝑓(𝑥), 𝑔(𝑥)と𝑁次正方行列𝐴に対して、

𝑓(𝐴)𝑔(𝐴)=𝑔(𝐴)𝑓(𝐴)

が成り立つ。

以上の内容を駆使して行列の特徴を利用すると以下のように行列の計算を簡単に行える場合がある。

例 3

𝑋=(111111111)として3次正方行列(𝑋−𝐼)(𝑋+2𝐼)(𝑋−𝐼)を計算する。 𝑋2=3𝑋であることに注意して、

(𝑋−𝐼)(𝑋+2𝐼)(𝑋−𝐼)=(𝑋−𝐼)2(𝑋+2𝐼)=(𝑋2−2𝑋+𝐼)(𝑋+2𝐼)=(𝑋+𝐼)(𝑋+2𝐼)=𝑋2+3𝑋+2𝐼=2(3𝑋+𝐼).

よって答えは(𝑋−𝐼)(𝑋+2𝐼)(𝑋−𝐼)=(822282228)である。

逆行列

実数𝑎の逆数とは𝑎⋅𝑥=𝑥⋅𝑎=1が成り立つような実数𝑥のことであった。 行列𝐴に対しても同様に逆行列の概念を定義するが、定義の都合上正方行列にしか定義されないことに注意する。

定義 1 (逆行列)

𝐴を𝐾上の𝑁次正方行列とする。 等式

𝐴𝑋=𝑋𝐴=𝐼𝑁

が成り立つような𝐾上の𝑁次正方行列𝑋を𝐴の逆行列といい(後に述べるように一意なので)𝐴−1と表す。

逆行列は存在すれば一意である。

命題 2

𝑁次正方行列𝐴は逆行列を持つならば一つしかない、 つまり𝑁次正方行列𝑋と𝑌が𝐴の逆行列ならば𝑋=𝑌である。

証明

仮定より𝐴𝑋=𝐴𝑌=𝐼𝑁であり、左から𝑋をかけることで𝑋𝐴𝑋=𝑋𝐴𝑌である。 ここで𝑋𝐴=𝐼𝑁なので、𝑋=𝑌となる。

その一方で逆行列は常に存在するとは限らない。 例えば零行列𝑂は何をかけても零行列で単位行列にはならないので逆行列を持たない。

例 3

2次正方行列

𝐴=(0100)

は逆行列を持たない。 なぜなら

(0100)(∗∗∗∗)=(∗∗00)

なので対角成分である第(2,2)成分が1にならないためである。

例 4

対角成分𝑎𝑖がいずれも0でない対角行列

𝐴=(𝑎1⋱𝑎𝑁)

の逆行列は

𝐴−1=(𝑎1−1⋱𝑎𝑁−1)

である。

逆行列を持つような行列は正則行列または可逆行列と呼ばれる。 𝐾上の𝑁次正方行列全体M𝑁(𝐾)のうち正則行列全体をGL𝑁(𝐾)と表す。

すぐわかる逆行列の性質として以下がある。

  1. (逆行列の逆行列)任意の𝐴∈GL𝑁(𝐾)に対して𝐴−1∈GL𝑁(𝐾)であり(𝐴−1)−1=𝐴が成り立つ。
  2. (スカラー倍の逆行列)任意の𝐴∈GL𝑁(𝐾)と0でない𝑐∈𝐾に対して𝑐𝐴∈GL𝑁(𝐾)であり(𝑐𝐴)−1=𝑐−1𝐴−1が成り立つ。
  3. (積の逆行列)任意の𝐴,𝐵∈GL𝑁(𝐾)に対して𝐴𝐵∈GL𝑁(𝐾)であり(𝐴𝐵)−1=𝐵−1𝐴−1が成り立つ。

三番目の性質は逆行列を取ると積の順序が逆になることに注意する。

命題 5

正方行列𝐴に対して、1次以上の多項式𝑓(𝑥)=𝑐0+𝑐1𝑥+𝑐2𝑥2+𝑐3𝑥3+…+𝑐𝑛𝑥𝑛であって𝑓(𝐴)=𝑂となるものが存在したとする。 ここで𝑐0≠0の時、𝐴は正則であり、逆行列は

𝐴−1=−𝑐0−1(𝑐1𝐼+𝑐2𝐴+𝑐3𝐴2+…+𝑐𝑛𝐴𝑛−1)

で与えられる。

例 6

3次正方行列𝐴=(4−1−1−14−1−1−14)の逆行列を計算してみよう。 次章で述べる掃き出し法を実行してもよいが、ここでは以下のように考えてみる。 つまり、𝑋=(111111111)とおくと、𝐴=5𝐼−𝑋で𝑋2=3𝑋なので𝐴2−7𝐴+10𝐼=𝑂、 つまり

𝐴−1=−110(𝐴−7𝐼)=110(𝑋+2𝐼).

よって逆行列は𝐴=110(311131113)である。

逆行列の定義において、行列の積の交換法則がないので𝐴𝑋=𝐼𝑁と𝑋𝐴=𝐼𝑁の両方を要求していたが、実際には片方が成立すればもう片方も従う。 この証明には基本変形を用いる必要があるので証明は第3章で行う。

転置行列と対称行列

行列の行と列を入れ替える操作を転置といい、定義しておけば便利になることが多い。 例えば行列式の基本変形は行について示せば転置をして列に対しても同様のものが成り立つことがわかる。 また、スカラー積を考えるときも転置によって行列の積の話に帰着できる。

定義 1 (転置行列)

𝑀×𝑁行列𝐴=(𝑎𝑖𝑗)𝑗=1,…,𝑁𝑖=1,…,𝑀に対して𝑁×𝑀行列

𝐴𝖳=(𝑎𝑗𝑖)𝑗=1,…,𝑀𝑖=1,…,𝑁

を𝐴の転置行列という。 つまり、

𝐴=(𝑎11⋯𝑎1𝑁⋮⋱⋮𝑎𝑀1⋯𝑎𝑀𝑁)

に対して、

𝐴𝖳=(𝑎11⋯𝑎𝑀1⋮⋱⋮𝑎1𝑁⋯𝑎𝑀𝑁)

である。

すぐわかる転置の性質として以下がある。

  1. (転置の転置)任意の𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)に対して(𝐴𝖳)𝖳=𝐴が成り立つ。
  2. (和の転置)任意の𝐴,𝐵∈M𝑀×𝑁(𝐾)に対して(𝐴+𝐵)𝖳=𝐴𝖳+𝐵𝖳が成り立つ。
  3. (スカラー倍の転置)任意の𝐴∈M𝑀×𝑁(𝐾)と𝑐∈𝐾に対して(𝑐𝐴)𝖳=𝑐𝐴𝖳が成り立つ。
  4. (積の転置)任意の𝐴∈M𝑀×𝐿(𝐾)と𝐵∈M𝐿×𝑁(𝐾)に対して(𝐴𝐵)𝖳=𝐵𝖳𝐴𝖳が成り立つ。

四番目の性質は転置を取ると積の順序が逆になることに注意する。

また、この性質を使えば可逆行列𝐴に対して転置行列𝐴𝖳も可逆で

(𝐴𝖳)−1=(𝐴−1)𝖳

が成り立つことがわかる。

定義 2 (対称行列)

𝑁次正方行列𝐴=(𝑎𝑖𝑗)𝑗=1,…,𝑁𝑖=1,…,𝑁に対して転置をとったものが元の行列と等しい、つまり

𝐴𝖳=𝐴

の場合、𝐴は対称あるいは対称行列であるという。 成分で書けば

𝑎𝑗𝑖=𝑎𝑖𝑗(𝑖,𝑗=1,…,𝑁)

である。

スカラーは常に対称である。

行列の区分け

行列をいくつかの小さな行列の並びとみなせると計算が楽になることが多い。 そこでまず小さな行列をもとに大きな行列を作ることを許すことにする。 つまり、𝑀1,…,𝑀𝐼=1,2,3,…と𝑁1,…,𝑁𝐽=1,2,3,…として、𝐾上の𝑀𝑖×𝑁𝑗型の行列𝐴𝑖𝑗が与えられたとする(𝑖=1,…,𝐼, 𝑗=1,…,𝐽)、 このとき𝐴𝑖𝑗の成分をすべて並べて得られる𝐾上の(𝑀1+…+𝑀𝐼)×(𝑁1+…+𝑁𝐽)型の行列を

(𝐴11⋯𝐴1𝐽⋮⋱⋮𝐴𝐼1⋯𝐴𝐼𝐽)

と書く。 反対に(𝑀1+…+𝑀𝐼)×(𝑁1+…+𝑁𝐽)型の行列𝐴が与えられた時に上記のように小さな行列に分けることを行列の区分けという。

例 1

𝒆1,…,𝒆𝑁を𝑁次の縦の標準基底ベクトルとする。 つまり、

𝒆1=(10⋮0),…,𝒆𝑁=(0⋮01)

である。 このとき𝑁次の単位行列𝐼𝑁は

𝐼𝑁=(𝒆1⋯𝒆𝑁)

と区分けされる。

区分けされた行列に対しては演算規則が自然と拡張され、 特に区分けされた行列の積は以下のように計算できる。

命題 2 (区分けされた行列の積)

区分けされた(𝑀1+…+𝑀𝐼)×(𝐿1+…+𝐿𝐻)型の行列𝐴=(𝐴𝑖𝑗)と(𝐿1+…+𝐿𝐻)×(𝑁1+…+𝑁𝐽)型の行列𝐵=(𝐵𝑖𝑗)に対して、

(𝐴11⋯𝐴1𝐻⋮⋱⋮𝐴𝐼1⋯𝐴𝐼𝐻)(𝐵11⋯𝐵1𝐽⋮⋱⋮𝐵𝐻1⋯𝐵𝐻𝐽)=(𝐴11𝐵11+…+𝐴1𝐻𝐵𝐻1⋯𝐴11𝐵1𝐽+…+𝐴1𝐻𝑏𝐻𝐽⋮⋱⋮𝐴𝐼1𝐵11+…+𝐴𝐼𝐻𝐵𝐻1⋯𝐴𝐼1𝐵1𝐽+…+𝐴𝐼𝐻𝑏𝐻𝐽)

が成り立つ。 特に𝑀×𝐿型の行列𝐴と𝐿×𝑁型の行列𝐵に対して、𝐵の𝑁個の列を構成する𝐿次の縦ベクトルを𝒃1,…,𝒃𝑁とすると、

𝐴𝐵=𝐴(𝒃1⋯𝒃𝑁)=(𝐴𝒃1⋯𝐴𝒃𝑁)

が成り立つ。

証明

例 3

𝐴を𝑁1次の正則行列、𝐷を𝑁2次の正則行列として𝑁1+𝑁2次の正方行列

(𝐴𝐵𝑂𝐷)

は正則であり、逆行列は

(𝐴−1−𝐴−1𝐵𝐷−1𝑂𝐷−1)

で与えられる。 実際、積を計算すると

(𝐴𝐵𝑂𝐷)(𝐴−1−𝐴−1𝐵𝐷−1𝑂𝐷−1)=(𝐴𝐴−1−𝐴𝐴−1𝐵𝐷−1+𝐵𝐷−1𝑂𝐷𝐷−1)=(𝐼𝑂𝑂𝐼),(𝐴−1−𝐴−1𝐵𝐷−1𝑂𝐷−1)(𝐴𝐵𝑂𝐷)=(𝐴−1𝐴𝐴−1𝐵−𝐴−1𝐵𝐷−1𝐷𝑂𝐷−1𝐷)=(𝐼𝑂𝑂𝐼)

であることからわかる。

例 4

実数𝜃に対して、4次正方行列

𝐴=(cos𝜃−sin𝜃−cos𝜃−sin𝜃sin𝜃cos𝜃sin𝜃−cos𝜃cos𝜃sin𝜃cos𝜃−sin𝜃−sin𝜃cos𝜃sin𝜃cos𝜃)

は

𝐴=(𝑅(𝜃)−𝑅(−𝜃)𝑅(−𝜃)𝑅(𝜃))

とみなすことができる。

ベクトルのテンソル積

𝒂と𝒃をそれぞれ𝑀次と𝑁次のベクトルとする時、 𝒂を𝑀次の縦ベクトル、𝒃𝖳を𝑁次の横ベクトルとみなして行列の積𝒂𝒃𝖳は𝑀×𝑁型の行列であり、ベクトル𝒂と𝒃のテンソル積と呼ばれ𝒂⊗𝒃とも書かれる。 成分を使って書けば

𝒂⊗𝒃=𝒂𝒃𝖳=(𝑎1⋮𝑎𝑀)(𝑏1⋯𝑏𝑁)=(𝑎1𝑏1⋯𝑎1𝑏𝑁⋮⋱⋮𝑎𝑀𝑏1⋯𝑎𝑀𝑏𝑁)

である。

また、𝒂と𝒃を𝑁次のベクトルとする時、 𝒂𝖳を横ベクトル、𝒃を縦ベクトルとみなして行列の積𝒂𝖳𝒃はスカラーであり、ベクトル𝒂と𝒃のスカラー積と呼ばれ𝒂⋅𝒃とも書かれる。 成分を使って書けば

𝒂⋅𝒃=𝒂𝖳𝒃=(𝑎1⋯𝑎𝑁)(𝑏1⋮𝑏𝑁)=𝑎1𝑏1+…+𝑎𝑁𝑏𝑁

である。 行列の積には交換法則は一般には成り立たないが、スカラー積に対しては交換法則が成り立つことに注意する。 つまり、任意の𝑁次のベクトル𝒂と𝒃に対して、

𝒂⋅𝒃=𝒃⋅𝒂

が成り立つ。

ここで、𝒂と𝒃を𝑁次ベクトルとする時のテンソル積である𝑁次の正方行列𝐴=𝒂⊗𝒃の𝑛乗を考える。 2乗を計算すると、

𝐴2=(𝒂𝒃𝖳)(𝒂𝒃𝖳)=𝒂(𝒃𝖳𝒂)𝒃𝖳=(𝒃⋅𝒂)𝐴=(𝒂⋅𝒃)𝐴

とスカラー積倍になる。 よってこれを繰り返し用いることで、

𝐴𝑛=(𝒂⋅𝒃)𝑛−1𝐴(𝑛=1,2,3,…)

を得る。