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固有値問題

固有値と固有ベクトル

いよいよこの章から体𝐾上の𝑁次正方行列𝐴の𝑛=0,1,2,3,…乗を計算するのに役に立つ理論を学ぶ。 例えば𝐴が𝑁次正則行列𝑃を使って次のように変形されたとする。

𝐴=𝑃(𝑐1⋱𝑐𝑁)𝑃−1.

一般に𝑁次正方行列𝐴を𝑁次正則行列𝑃を使って𝐵=𝑃−1𝐴𝑃と変形することを相似変換といい、このように相似変換して対角行列にすることを対角化という。 このとき、𝑃=(𝒗1⋯𝒗𝑁)とすると

𝐴(𝒗1⋯𝒗𝑁)=(𝑐1𝒗1⋯𝑐𝑁𝒗𝑁)

なので、

𝐴𝒗=𝑥𝒗

を満たす(𝑥,𝒗)=(𝑐1,𝒗1),…,(𝑐𝑁,𝒗𝑁)であって𝒗1,…,𝒗𝑁が線形独立であるものを見つけてくれば対角化できることになる。 この時の𝑥を𝐴の固有値、𝒗を𝐴の固有ベクトルといい関係式式 (0.1) を固有値問題という。

それではどうやって固有値・固有ベクトルを見つけてくればよいのだろうか。 式 (0.1) を変形すると𝒗は斉次連立一次方程式

(𝑥𝐼−𝐴)𝒗=𝟎

の解であり、𝒗≠𝟎でないと線形独立にならない。 よって、𝑁次正方行列𝑥𝐼−𝐴は逆行列を持たないので、

det(𝑥𝐼−𝐴)=0

が成立する。 これを𝑥についての方程式とみて𝐴の固有方程式という。 なお、左辺は𝑥についての𝐾係数の𝑁次の多項式になっていて、𝐴の固有多項式という。 固有方程式の解つまり固有多項式の零点が固有値であり、𝑥∈𝐾に対して𝐾𝑁の線形部分空間

𝑊(𝑥)=Ker(𝑥𝐼−𝐴)={𝒗∈𝐾𝑁|(𝑥𝐼−𝐴)𝒗=𝟎}

を定め、固有値𝑥=𝑐に対して𝑊(𝑐)を𝐴の固有値𝑐に対する固有空間という。 このときdim𝑊(𝑐)≥1に注意する。

例 1

第1章で紹介した液体の入れ替えの問題をもとに片方の容器から𝑝∈[0,1]の割合をもう片方の容器から𝑞∈[0,1]の割合の液体を入れ替える問題を考えると、係数行列は

𝐴=(1−𝑝𝑞𝑝1−𝑞)

となりこれを対角化することを考える。 𝐴の固有多項式は

det(𝑥𝐼−𝐴)=|𝑥−1+𝑝−𝑞−𝑝𝑥−1+𝑞|=(𝑥−1+𝑝)(𝑥−1+𝑞)−𝑝𝑞=𝑥2−(2−𝑝−𝑞)𝑥+1−𝑝−𝑞=(𝑥−1)(𝑥−1+𝑝+𝑞).

よって固有値は𝑥=1,1−𝑝−𝑞である。 ここで𝑝+𝑞=0の時この固有値は1が2重になるが、𝑝=𝑞=0なので𝐴=(1001)と最初から対角化されている。 𝑝+𝑞≠0の場合は2つの異なる固有値を持つので𝐴は対角化可能である。 この時、固有値𝑥=1に対しては

𝑥𝐼−𝐴=(𝑝−𝑞−𝑝𝑞)

より固有ベクトルとして(𝑞,𝑝)が取れて、 固有値𝑥=1−𝑝−𝑞に対しては

𝑥𝐼−𝐴=(−𝑞−𝑞−𝑝−𝑝)

より固有ベクトルとして(1,−1)が取れる。 よって𝐴は

𝐴=(1−𝑝𝑞𝑝1−𝑞)=(𝑞1𝑝−1)(1001−𝑝−𝑞)(𝑞1𝑝−1)−1

と対角化でき、

𝐴𝑛=(𝑞1𝑝−1)(100(1−𝑝−𝑞)𝑛)(𝑞1𝑝−1)−1

と計算できる。

固有空間の線形独立性

補題 1 (固有空間の線形独立性)

𝑇を𝐾上の線形空間𝑉上の線形変換として、𝑐,𝑑∈𝐾を異なる固有値とする。 このとき固有空間について𝑊(𝑐)∩𝑊(𝑑)=𝑂𝑉が成り立つ。

証明

𝒗∈𝑊(𝑐)∩𝑊(𝑑)とすると、

𝐴𝒗=𝑐𝒗=𝑑𝒗.

よって、𝑐≠𝑑より𝒗=𝟎𝑉を得る。

定理 2 (対角化の十分条件)

𝐴を𝐾上の𝑁次元正方行列として、𝑐1,…,𝑐𝐿∈𝐾を相異なる固有値とする。 ここで固有空間が𝑊(𝑐1)⊕…⊕𝑊(𝑐𝐿)=𝐾𝑁、つまりdim𝑊(𝑐1)+…+dim𝑊(𝑐𝐿)=𝑁を満たすとき、𝐴は対角化可能である。

特に𝐾上の𝑁次元正方行列𝐴が相異なる𝑁個の固有値を持つならば、𝐴は対角化可能である。

三角化可能性

対角化を緩和して、𝑁次正方行列𝐴を𝑁次正則行列𝑃を使って

𝐴=𝑃(𝑐1⋯∗⋱⋮𝑐𝑁)𝑃−1

と変形することを三角化という。 本節の見出しは三角化「可能性」となっているが、後で見るように三角化なら(固有方程式が解ければ)常にできることが重要である。

まず、三角化できるならば固有多項式が因数分解されることを紹介する。

命題 1

𝑁次正方行列𝐴が式 (0.2) のように三角化されたとすると固有多項式は

det(𝑥𝐼−𝐴)=(𝑥−𝑐1)…(𝑥−𝑐𝑁)

と因数分解される。

証明

𝑥𝐼−𝐴を書き直すと

𝑥𝐼−𝐴=𝑃(𝑥−𝑐1⋯∗⋱⋮𝑥−𝑐𝑁)𝑃−1.

この行列式を取ると、

det(𝑥𝐼−𝐴)=det𝑃|𝑥−𝑐1⋯∗⋱⋮𝑥−𝑐𝑁|det𝑃−1=(𝑥−𝑐1)…(𝑥−𝑐𝑁)

である。

逆に固有多項式が因数分解されるならば三角化できる。

定理 2 (一般の三角化)

𝑁次正方行列𝐴に対して、固有多項式が式 (0.3) のように因数分解されたとすると、𝐴は式 (0.2) のように三角化される。

証明

𝑁に関する数学的帰納法で証明する。 𝑁=1の時は𝐴はスカラーなので三角化されている。 𝑁−1次までで三角化されたとする。 𝑐1は固有方程式の解で固有値なので、

𝐴𝒗1=𝑐1𝒗1

となるベクトル𝒗1≠𝟎が存在する。 ここで基底の延長を行い、𝐾𝑁の基底𝒗1,𝒗2,…,𝒗𝑁を構成して正則行列𝑃0=(𝒗1𝒗2⋯𝒗𝑁)とおくと、

𝐴𝑃0=𝑃0(𝑐1∗⋯∗0∗⋯∗⋮⋮⋱⋮0∗⋯∗)=𝑃0(𝑐1∗𝟎𝐴1)

となる。 前の命題の証明同様に行列式を考えると、

det(𝑥𝐼𝑁−1−𝐴1)=(𝑥−𝑐2)…(𝑥−𝑐𝑁)

となるので、数学的帰納法の仮定より

𝐴1=𝑃̃1(𝑐2⋯∗⋱⋮𝑐𝑁)𝑃̃1−1

と三角化される。 ここで、

𝑃1=(1𝟎𝟎𝑃̃1),𝑃=𝑃0𝑃1

とおくと、𝑃は𝑁次正則行列で

𝐴𝑃=𝑃0(𝑐1∗𝟎𝐴1)(1𝟎𝟎𝑃̃1)=𝑃0(𝑐1∗𝟎𝐴1𝑃̃1)=𝑃(𝑐1…∗⋱⋮𝑐𝑁)

となる。 以上より𝐴は三角化される。

代数的閉体

命題 1 でわかるように、行列が三角化されるためには固有多項式が因数分解されることが必要であるが、 因数分解できることを保証する𝐾の条件が代数的閉体であることである。

定義 1 (代数的閉体)

体𝐾上の1次以上の任意の多項式𝑓(𝑥)∈𝐾[𝑥]に対して零点、つまり𝑓(𝑐)=0となる𝑐∈𝐾が存在する時、 𝐾は代数的閉体であるという。

命題 2 (因数分解)

𝐾を代数的閉体として、𝑓(𝑥)をその上の𝑁=1,2,3,…次の多項式であって𝑥𝑁の係数が1であるものとする。 このとき、𝑐1,…,𝑐𝑁∈𝐾を使って

𝑓(𝑥)=(𝑥−𝑐1)…(𝑥−𝑐𝑁)

と因数分解される。

例 3

代数的閉体の重要な例は複素数体ℂである。 これは代数学の基本定理と呼ばれる定理からわかるが、その証明にはℂあるいはℝ2上の微分積分学の知識が必要である。 なお、実数体ℝや有理数体ℚなどは代数的閉体ではない。

例 4

複素数の中でも有理数ℚ上の1次以上の多項式𝑓(𝑥)∈ℚ[𝑥]の零点となる数は代数的数と呼ばれる。 代数的数全体の集合

ℚ̄={𝑎∈ℂ|𝑎𝑛+𝑐𝑛−1𝑎𝑛−1+…+𝑐0=0,𝑛=1,2,3,…,𝑐0,…,𝑐𝑛−1∈ℚ}

は複素数体ℂの部分体であり、代数的閉体になっている。

固有値の重複度

𝐴を体𝐾上の𝑁次正方行列として、𝑐をその固有値とする。 このとき、𝐴の固有多項式det(𝑥𝐼−𝐴)は𝑥−𝑐で割り切れるが、det(𝑥𝐼−𝐴)が(𝑥−𝑐)𝑛で割り切れるような最大の𝑛を固有値𝑐の代数的重複度という。 固有多項式は𝑁次なので代数的重複度は1,…,𝑁の値を取る。 一方で固有空間𝑊(𝑐)の次元を幾何学的重複度という。

命題 1

𝐴を𝐾上の𝑁次正方行列として、𝑐をその固有値とする。 このとき𝑐の幾何学的重複度は代数的重複度以下である。 つまり𝑀=dim𝑊(𝑐)とすると、𝐴の固有多項式det(𝑥𝐼−𝐴)は(𝑥−𝑐)𝑀で割り切れる。

証明

線形独立な𝑀個のベクトル𝒗1,…,𝒗𝑀∈𝐾𝑁がとれ、拡張をして𝐾𝑁の基底𝒗1,…,𝒗𝑁を構成する。 このとき、𝑃=(𝒗1⋯𝒗𝑁)を使って、

𝐴=𝑃(𝑐𝐼𝑀∗𝑂∗)𝑃−1

とでき、

𝑥𝐼−𝐴=𝑃((𝑥−𝑐)𝐼𝑀∗𝑂∗)𝑃−1

より、det(𝑥𝐼−𝐴)は(𝑥−𝑐)𝑀で割り切れる。