行列式
行列式の導入
行列式は正方行列に対して定まる特徴的な量で、その正方行列の可逆性の判定や正方行列が定める線形変換による体積の拡大率に応用される重要な量である。
実は次正方行列の行列式はすでに登場していて、逆行列の公式の係数の分母がそれである。 つまり次正方行列の行列式の値は
である。 このように行列式を表すためにはを使ったり、行列を表すのに丸括弧を使う代わりに縦棒を使ったりして記述する。 この行列式の値がでないことが逆行列を持つための必要十分条件になるのであった。 また、行列を構成するつのベクトルとのなす平行四辺形の面積を考えると、なので行列式の絶対値になっている。 また行列式の計算規則について、 次の縦ベクトルとスカラーに対して多重線形性と呼ばれる等式
が成り立つことと、 二つの次正方行列, に対して積の行列式の等式
が成り立っていることがわかる。 これらは愚直に計算すればわかるが後で一般化された形で証明するので詳細は省略する。
以上に挙げた性質を次以上の行列に拡張するが、その場合の行列式の定義はやや複雑で、置換を使う方法や余因子展開による方法、基本変形による方法などがある。 どの方法でも定義される行列式の値は同一なので、計算する場面に応じてどの方法を使うか選択したり組み合わせて使うことになる。 本テキストでは標準的な線形代数の教科書の流れに従って、まず置換を使う方法で行列式を定義してから、それが余因子展開を満たすことを示し基本変形による行列式の計算方法を紹介する。 そのために次節では置換というものについて定義する。
置換と符号
として、の並べ替えを次の置換という。 より詳しくは次の置換は個の元の集合からへの写像であって逆写像を持つもの、 つまり各に対してがただ一つ対応しに対してとなるがただ一つ対応するのでとする。 次の置換はの並べ替えなので個あることに注意して、 次の置換全体の集合をとおく。 置換を表現するのにしばしば上にを並べて下にを並べてそれらを丸括弧で括るという記法が採用され、上半分はで固定されるのでしばしば省略される。 つまり、
である。 行列の記法と紛らわしいが文脈で判断する。 二つの置換とに対して置換をしてから置換をするという合成置換をと書く。 である。 また、をそのままの並びにする置換を恒等置換といいやで表す。
である。 逆写像も置換であり置換の逆置換という。 に注意する。
を満たすに対して、とを入れ替えてそれ以外はそのままにする置換をとの互換といいと表す。 つまり、
である。 この互換は今までの内容で言うと、二つの行を入れ替えるという行基本変形に対応する。
任意の置換はいくつかの互換の合成として表される。
命題 1
を次の置換とする時、は個以下の互換の合成として表される。 ただし、個の互換の合成は恒等置換である。証明
に関する数学的帰納法で証明する。 の時はなので成立する。 で成立する時、次の置換について考える。 の時はをに制限すると次の置換になっているので個以下の互換の合成として表される。 の時はとするとであり、にとの互換をするとをに移すようになるので個以下の互換の合成として表され、従っては個以下の互換の合成として表される。 以上より証明された。この命題において個以下の部分はあまり重要でなく、 重要なのはに対してを互換の合成として表した時の互換の個数の最小値が定まることである。 さらにが偶数の時は偶置換といい、奇数の時奇置換と呼ぶことにする。 個数に対してとなる全体をと表し、 偶置換全体をで奇置換全体をでそれぞれ表す。 自明なこととしてとが成り立つことがある。
例 2
の時は
の時は
の時は
すぐわかることとしてである。
以降では偶置換に対して正の符号を奇置換に対して負の符号を割り当てたいが、今の互換の個数の最小値に基づく定義では扱いづらいので別の方法でいったん符号を定義する。
定義 3 (置換の符号)
に対して次の置換の符号を以下で定義する。
ここではがを満たしながら動く時の実数すべての積である。 そのため、は実数値であるが、のちにすぐわかる通りしか取り得ない。 の時はと定義する。
命題 4
任意の置換の符号の値はまたはである。証明
を示せばよい。 計算すると
ここでは置換より、がを満たしながら動く時がを満たしながら動くので、
よってである。
この符号の定義の利点は次の性質が証明しやすいことである。
命題 5
任意の二つの置換に対してが成り立つ。証明
計算すると
ここで、
なので、が従う。
注意 6
この命題から逆置換について なので、である。さらに互換の符号は常に負である。
命題 7
の時、互換の符号はである。証明
のとき、
一般の互換に対しては、よりとしてよく、置換を
とするとであるので、
となる。
以上のことから偶置換の符号は正で奇置換の符号は負であることがわかる。
置換による行列式
行列式は置換とその符号を用いて以下のように定義される。
定義 1 (行列式)
上の次正方行列の行列式を以下で定義する。
正確にはは実数のとして定義されたがこれをのと同一視して、 行列式はの元つまりスカラーとして定義する。
が小さいうちはこの定義によって直接行列式を定義することができる。
命題 2 (サラスの公式)
次正方行列(スカラー)の行列式は以下になる。
次正方行列の行列式は以下になる。
次正方行列の行列式は以下になる。
これらの公式は行列の成分を斜めがけして方向によって符号を決めるという覚え方がある(サラスの方法)。 しかしながらが大きくなると置換の個数が個あるため項数が爆発的に増えるのと、では覚え方が通用しない。 そこで行列式が満たす性質をうまく使って効率よく計算する必要がある。
行列式の性質
重要な行列式の性質として以下が挙げられる。
命題 1 (転置)
次正方行列に対して、
が成り立つ。
証明
変形すると
である。
命題 2
第行または第列が第成分を残して他がすべて零の行列の行列式について、
が成り立つ。
証明
左辺の行列について示せば、中辺の行列はその転置なので前命題より行列式の値は等しい。 その左辺の行列の行列式について、置換に対してだとである。 よって、であり行列式でがくくり出せて命題が従う。この命題を繰り返し用いることで次の命題が従う。
命題 3 (三角行列の行列式)
三角行列の行列式は対角成分を掛け合わせることで得られる。 つまり
が成り立つ。 特に単位行列について
である。
次の二つの命題は行列式の計算をする上で重要である。
命題 4 (多重線形性)
次の横ベクトルとスカラーに対して、
が成り立つ。 また、次の縦ベクトルとスカラーに対して、
が成り立つ。
証明
成分を設定して行列式の定義に従って計算するとすぐわかるので詳細は省略する。命題 5 (交代性)
次の横ベクトルとを満たすに対して
が成り立つ。 また、次の縦ベクトルとを満たすに対して
が成り立つ。
この命題の一つ目の等式は行を交換したら行列式の符号が変わることを述べ、二つ目の等式は二つの行が同じだったら行列式は零であることを述べている。 一見すると二つ目の式は一つ目の特別な場合であるが、となるような体に配慮して二つ目を先に示し、そのことを利用して一つ目を示す。
証明
転置すればよいので、前半部分だけ示す。 一つ目の等式を示すためには第行と第行が等しい、つまりがすべてのに対して成り立つとすると、
ここで奇置換の方にだけ互換の操作をすると、の仮定から
よってである。
二つ目を示すために第行と第行がともにである行列の行列式を考えると多重線形性と先ほど示したことより、
でこれがに等しいので、証明すべき等式が得られる。
命題 6 (積の行列式)
二つの次正方行列とに対して、
が成り立つ。
証明
まず、積は成分を使って以下のように書くことができる。
よって多重線形性より、
交代性より同じ行がある場合の行列式はなので、
行を並べ替えて、
よってである。
余因子展開
次正方行列とに対して、の第行と第列を取り除いて得られる次正方行列の行列式を倍した数をの余因子という。 つまり、を
と区分けした時に
を定義する。
元の行列の行列式は余因子を使って次のように表現される。
定理 1 (余因子展開)
次正方行列とに対して
が成り立つ。
この式の中でを使った式を第行についての余因子展開といい、を使った式を第列についての余因子展開という。
証明
第行についての余因子展開を示す。 第行を
と分解すると、多重線形性より示される。 列についての余因子展開は転置を取ればよい。
例 2
注意 3
余因子は逆行列とも結びつく。 まず、余因子を次のように並べて得られる行列
をの余因子行列という。 並べ方が転置を取ったようになっているので注意。
定理 4 (余因子行列と逆行列)
次正方行列とその余因子行列について
が成り立つ。 特にが可逆であることとであることは同値であり、の逆行列は
で与えられる。
この定理は逆行列を持つための必要十分条件を与えて非常に重要であるが、 逆行列の計算という観点からは行列式の値の計算が大変なので基本変形の方が一般に効率が良い。
証明のために次の補題を用意する。
補題 5
を次正方行列、をその余因子行列としてを次ベクトルとする。 この時、
が成り立つ。 ただし、は行列の第列をベクトルで置き換えて得られる行列
である。
証明
ベクトルの第成分は
であり、これはの第列についての余因子展開に一致する。
証明 (定理 4 の証明)
を示せば十分である。 の第成分は、の第列をとすると、の第成分なので、補題 5 より、に等しい。 これはの時は同じ列が二つあるのでであり、の時はに他ならない。 以上より証明される。この節の最後に行列式を用いた連立一次方程式の解の公式を紹介する。
定理 6 (クラメルの公式)
を次正則行列つまり逆行列を持つとして、連立一次方程式
の一意な解の成分は
で与えられる。
証明
は逆行列を持ち、それは余因子行列を用いてで与えられるので、解はである。 よって後は補題 5 により計算される。基本変形と行列式
行列の基本変形は基本行列との積を取ることと考えられることと基本行列の行列式は簡単な計算で
と求まることから、基本変形をすると行列式の値は次のように変化する。
- 二つの行(または列)を入れ替えると行列式の符号が反転する。
- ある行(または列)を定数倍すると行列式の値が倍になる。
- ある行(または列)に、別の行(列)の定数倍を加えても行列式は変化しない。
基本変形して行列をより単純な形にすることで、行列式の計算をやりやすくすることができる。
例 1
また、基本変形をまとめて処理すると行列式の値は次のように変化する。
- 置換に従っていくつかの行(または列)をまとめて入れ替えると行列式の値は倍になる。
- 個の行(または列)に次の正則行列を左からかけると行列式の値は倍になる。
- ある個の行(または列)に、別の個の行(列)に型の行列を左からかけたものを加えても行列式は変化しない。
ここで二つ目は正則行列が基本行列の積として表されることから正当化される。
例 2
種々の行列式
重要な行列式の公式として以下がある。
定理 1 (ヴァンデルモンドの行列式)
に対して、
が成り立つ。
証明
についての数学的帰納法で示す。 の時は両辺ともにである。 次で成立する時、第成分で第行を掃き出すことで、
ここで最右辺の行列式は次で、第列から第列の倍を引き、第列から第列の倍を引き、ということを続けると、
よって、数学的帰納法の仮定より、
を得る。
命題 2 (三重対角行列)
に対して次正方行列の行列式
とおくと、
が成り立つ。 ただし、この行列は対角成分がでその右上成分がで左下成分がであり他は全てとなっている。
注意 3
計算すると
である。
証明
, はサラスの公式より成立する。 第行に関する余因子展開をして、
さらに後ろの行列式は第列に関する余因子展開をして、
よって主張が示された。
例 4
の時、
であり、この漸化式を解いて
を得る。
命題 5
に対して、
が成り立つ。
証明
についての数学的帰納法で示す。 の時は成立する。 次で成立する時、次を考える。 第列についての余因子展開をすると、
よって、主張が示された。
コーシー・ビネの定理
命題 6 では次正方行列の積の行列式を考えたが、 この公式を型の行列に拡張することを考える。 ただ、このままでは行列の積も行列式も定義されない。 そこでスカラー積の要領で積の行列式を考える。 この行列式はの時にはに一致し、の時には零となるので、問題になるのはの場合である。
次の置換がからへの可逆写像だったことを拡張して、 をからへの単射、つまり任意のに対してを満たす写像としてそれら全体の集合をと表すことにする。 さらにの中で単調増加になっているもの全体をと書く。 すなわちは
を満たす。 この時、に対して、並べ替えを行うことで、と, と一意に表すことができることに注意する。
ここで型の行列とに対して、次の正方行列をからで出現する添字だけ取り出して得られる行列とする。 正確にはに対して
であり、
であることに注意する。
定理 1 (コーシー・ビネの定理)
とを上の型の行列とする。 この時、
が成り立つ。 ただし、の場合は右辺は零とする。
証明
まず、積は成分を使って以下のように書くことができる。
よって多重線形性と交代性より、
行を並べ替えて、
一番後ろの行列式はである。 ここでスカラーの積を並べ替えて
なので、
である。
コーシー・ビネの定理で次の縦ベクトルを使って型の行列, に対して適用する。 この時、
なので、 等式
を得る。 この式をビネ・コーシーの恒等式という。
さらに, の時には
となり、ラグランジュの恒等式と呼ばれる。 土台が実数体の場合には右辺が非負であることから、コーシー・シュワルツの不等式
を導く。